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巻 65, 号 32014年5月/6月

In This Issue

#テクノロジーブーム #アラブネット - 文:ハビブ・バター(Habib Battah)// 写真・動画:デービッド・デグナー(David Degner)

街灯もなく、見捨てられたオスマン帝国時代の建物が列をなすベイルートのカンダク・アル=ガミク(Khandaq al-Ghamiq)地区は、「暗い溝」というアラビア語名がいかにも適しているように見える。 市内で最も貧しい住民が集まっている場所だ。多くは戦争で家を失い、何十年にもわたって砲弾で穴があき崩れかけた住まいを違法に占拠している。

3月のある夕方、カンダクに白いパーティー用のテントが張られ、明るく異彩を放った。 駐車サービスの接客係が外に並び、アラブ音楽のリズムが中から聞こえてくる。 テント内ではテンションの高い会話の不協和音が響く中、若いレバノン人のクールなバンドが伝統的なメロディーをリミックスし、ベイルート随一のレストランがオーストラリアから輸入したステーキやブラックアンガス牛のグルメ・ステーキ、技巧をこらしたコールドプレス・ジュースを出している。 出席者は、スーツの下に皮肉をこめたTシャツ、コンバースのスニーカー、ジーンズという「ドットコム・カジュアル」でスマートに装っている。まだ「ArabNet」と書かれた明るい黄色のランヤードをつけている人も多い。 

Aramexの創業者兼CEO、ファディ・ガンドゥール(Fadi Ghandour)は、この地域で成長を続けるテクノロジー業界の主要な投資家として注目されており、いくつかの主要な新興企業やベンチャー・キャピタル・ファンドの創設を支援してきた。 地域内のテクノロジー関連ニュースのトップ・サイト、wamda.comの会長でもあり、現在は国連と協力し、母国ヨルダンで200件の「マイクロビジネス」に資金を提供している。
Aramexの創業者兼CEO、ファディ・ガンドゥール(Fadi Ghandour)は、この地域で成長を続けるテクノロジー業界の主要な投資家として注目されており、いくつかの主要な新興企業やベンチャー・キャピタル・ファンドの創設を支援してきた。 地域内のテクノロジー関連ニュースのトップ・サイト、wamda.comの会長でもあり、現在は国連と協力し、母国ヨルダンで200件の「マイクロビジネス」に資金を提供している。

今回で5年目になる3日間の会議は、中東で芽を出し始めている新興産業の最大級の集まりだ。今夜の夕食は数多くの二次会のひとつで、地域の将来のビジネス・リーダーたちが人脈を築き、2015年までには150億ドルに成長するとPayPalが見込む地域のEコマース市場を活用するために集まっている。 

計画どおりに進めば、榴散弾の跡も生々しいカンダク地区のほとんどは、ベイルート・デジタル地区に変貌する。これは10年をかけたイニシアチブで、10棟の高層ビルを建て、新興業界の企業を取り込むことが計画されている。数ブロック先のベイルートのダウンタウンでは現在、ガラスとスチールでできた豪勢なタワー・マンションが建設されている。 助成金を得てWi-Fiおよび光ファイバー・ケーブルが地域全体に設置され自由に使えるようになる予定だ。テクノロジー系の多くの新興企業を招聘してトレーニングと投資を行い、この地域に出現している新たなベンチャー・キャピタル・ファンドから多額の資金援助を受けて、ヨルダンのOasis500やエジプトのFlat6Labsなどの新しい地域の拠点に匹敵することをめざしている。 

パーティーが始まる数時間前、ArabNetの会場となっているベイルートで最も新しいヒルトン・ホテルの広い宴会場にはデジタル地区の模型が展示されていた。 14メートルの電子ディスプレイを背景に、若く野心に満ちたアラブ世界の数十人の企業家たちがステージに立ち、インフォマーシャルのようなノリで600人のIT専門家を相手に2分間の「アイデアソン」の売り込みを行った。 「老舗」企業のCEOも出席してパネル・ディスカッションが行われ、ソーシャルメディアのマーケティングからベンチャー・キャピタルの機会、シリコンバレーとのつながりの構築にいたるまであらゆるトピックについて討議した。 ビットコインのほか、企業の社会的責任(業界内では「CSR」と呼ばれることが多い)についても短い話し合いが行われた。 

「なぜCSRを行うのか?」と 20代のデジタル・メディア戦略家ラルフ・アウン(Ralf Aoun)がヘッドセット・マイク姿でステージ上を行き来しながらたずねた。 「ビジネスにとっても、PRにとっても、カルマにとってもいいからだ!」

地域的な騒乱はどうなのかと司会者であり業界のベテラン、マイク・ブッチャー(Mike Butcher)が聞いた。彼は世界で最も人気のあるテクノロジー・ニュース・サイト、TechCrunchの編集者としてArabNetに参加するのは3回目になる。 共同パネリストのステファニー・ホールデン(Stephanie Holden)にも質問が出た。以前はプライスラインとウォルト・ディズニーに勤務し、現在はサウジアラビアの大手テレビ局MBCの投資部門MBCベンチャーズを率いている。 9社のアラブ新興企業に対する自社の投資を強調しつつ、ホールデンは地域の企業家にとっては武装勢力による暴力的な事件より政府の官僚から受ける脅威の方が大きいと述べた。 ブッチャー自身も前夜、別のArabNetオフ会で類似した-さらに単刀直入な-結論に達していた。

ベイルートのもうひとつのテクノロジー・インキュベーター団体Coworking 961に集まった聴衆を相手に「いろいろあるけれど、君たちはよくやっている」と述べ、喝采を受けた。 ブッチャーは、19世紀の宮殿の迎賓館を使用しているこの団体の売り込みコンテストで審査員を務めていた。 城のような塔が並ぶ下、若いレバノン企業の代表者が庭園に設置されたプロジェクター画面を使い、自分たちのアイデアをプレゼンした。排気ガスが充満する市内では珍しい緑あふれる庭だった。 

現在までに中東で最大のテクノロジー関連取引をまとめたことで知られるサミー・トウカン(Samih Toukan)は、アラビア語初のインターネット・プロバイダー大手Maktoob.comを共同設立し、2009年には1億7500万ドルで売却した。 さらに最近では、彼の投資会社は地域内で最大のオンライン小売業者Souq.comを買収している。 
現在までに中東で最大のテクノロジー関連取引をまとめたことで知られるサミー・トウカン(Samih Toukan)は、アラビア語初のインターネット・プロバイダー大手Maktoob.comを共同設立し、2009年には1億7500万ドルで売却した。 さらに最近では、彼の投資会社は地域内で最大のオンライン小売業者Souq.comを買収している。 

その夜、優勝したのはギターや他の弦楽器のチューニングを行うハードウェアのハンドヘルド機器「ローディー・チューナー(Roadie Tuner)」の開発者たちだった。 この機器は、27歳のエンジニア、バッサム・ジャルガ(Bassam Jalgha)がアラビア風リュートであるウードのチューニング中にイライラしたことがきっかけで生まれた。 2009年にはイノベーター向けのMBCテレビ・リアリティ番組「サイエンス・スター」に出演して優勝し、カタール財団から30万ドルの小切手を受け取っている。 その後、エンジニアでフルート演奏者の友人、ハッサン・スライビ(Hassane Slaibi)と協力してKickstarterでクラウドファンディングのキャンペーンを開始し、目標額の3倍に達する18万ドル近い資金を得た。 ジャルガはその後、中国に行き、最初の生産を監督した。ローディー・チューナーはこの夏、発売される予定だ。 

ニューヨーク市で開催されるイベント、2014年TechCrunch Disruptへのチケットとテーブル席の賞品を授与した後、「僕たちからはもう何のヘルプもいらないね」とブッチャーは言った。 「よくやった。」

2位に入ったのは、プラグインUSB式セキュリティー機器「Ki」だった。ユーザーの指紋を読み取る機械で、ベイルートで開発されたセキュリティー・アルゴリズムとバイオメトリクスの双方を使用している。 「オーバーキルに見える。 なぜ米国から技術を買わないのか?」と審査員の1人が言った 「NSAに使われていないと証明できる?」 と20代の開発者は答え、会場の笑いを誘った。 審査員は、近接地域内で中古品の買い手と売り手をつなぐアプリを売り込んだジハード・カワス(Jihad Kawas)にも賞を与えた。 これはカワスの最初のアプリではないが、彼はまだ17歳だ。

もちろん、レバノンで最も成功しているディベロッパーの多くはもう、このようなイベントでの売り込みを必要としていない。 

26歳のヒンド・ホベイカ(Hind Hobeika)はすでに革新的なハードウェア「インスタビート(Instabeat)」で100万ドルを超える投資資本を集めている。インスタビートはラスベガスのコンシューマー・エレクトロニクス・ショーで2014年デザイン・エンジニアリング賞を獲得したばかりだ。 防水性のゴーグルに取り付けた初めての心拍計で、水泳中の人が運動量を調整できるほか、水泳後に記録をトラッキングできる。 ベイルート・アメリカン大学でエンジニアリングを学んでいた際、水泳部にも所属していたホベイカは、市販品を見つけられず、この製品の必要性を感じた。 2年以上を開発に費やし、9つのプロトタイプを作成したが、この夏には生産が開始される予定だ。ホベイカは米国とオーストラリアでも販売取引の交渉を進めている。 

すでに市販されている製品もあるが、その多くはモバイル・アプリだ。 おそらく最も大きな成功をおさめているのは、「プー(Poo)」だろう。バーチャル・ペット・ユーザーは、ペットにエサをやり、体をなで、プレゼントを買って成長を楽しむことができる。 24歳のポール・サラメー(Paul Salameh)が開発したものだが、すでに高い人気を得ている。 報道陣とのインタビューでサラメーは、プーが1日最高30万回ダウンロードされており、65ヶ国以上のアプリ・ストアで子供用ゲーム部門のトップに立っていると語った。 プーにエサをやり服を着せるインアプリ(1~11ドル)の購入も合わせれば、収益は急増する可能性が高い。 このゲームをさまざまな言語で称賛するYouTubeのビデオは何百万回も視聴されており、プーのFacebookページは500万以上の「いいね」を獲得している。

しかし、このような段違いの成功例はまだ、この地域では珍しい。テクノロジー業界は誕生してから10年も経っておらず、当然のことながら、いまだに模索の最中なのだ。 また、アラブで最も小さい国のひとつ、レバノンでの開発は、この地域の最新産業のほんの一部を占めるに過ぎない。 

アフメド・アルフィ(Ahmed Alfi)は2006年、カイロに戻り、この地域で最もよく知られているインキュベーター・スペースのひとつ、Flat6Labsを2011年に開設した。 現在はカイロ・アメリカン大学の旧キャンパスの一部を改装し、エジプトで最大のテクノロジー・パークを作ろうとしている。 「誰でも私の目標がコラボレーションだということを知っている」と言う。
アフメド・アルフィ(Ahmed Alfi)は2006年、カイロに戻り、この地域で最もよく知られているインキュベーター・スペースのひとつ、Flat6Labsを2011年に開設した。 現在はカイロ・アメリカン大学の旧キャンパスの一部を改装し、エジプトで最大のテクノロジー・パークを作ろうとしている。 「誰でも私の目標がコラボレーションだということを知っている」と言う。

アラブのテクノロジー産業では、ヨルダン人のサミー・トウカン(Samih Toukan)が手にしたようなチャンスはこれまでほとんどなかった。 ロンドンでMBAを取得した後、トウカンは首都アンマンのアンダーセン・コンサルティングでコンサルタントとして働き始めたが、需要を感じて1990年代に退職し、自ら事業を立ち上げた。 アンダーセン時代のクライアントの1人でヨルダン人のファディ・グランドゥール(地域最大のクーリエ・サービス企業AramexのCEO)に提案書を出した。 この地域ではまだインターネットが浸透し始めたばかりで、アラビア語でのコンテンツはわずかしかなかった。 今からすれば、解決策は明白だ。 読者のためにアラビア語のコンテンツと電子メール・サーバーを作ること。 1990年代後半までにトウカンはMaktoob.comを創設して、それを実行した。 

初の市場参入だったが、このサイトの利用者は2000年の10万人から2005年には1000万人に膨れ上がった。 2008年にはYahooが同社を1億7500万ドルで買収した。 これは地域の業界にはずみをつける一種の「出口」または売却となった。

「この売却以前、業界は存在していなかったに等しい。 Maktoobがターニングポイントになった」とトウカンはドバイの新しいオフィスで語る。 「あれが業界の始まりだった。 その後はアイデアや投資が増えている。」

トウカン、ガンドゥール、そして他の数人が、このトレンドの立役者となった。 Maktoobの売却で得た資金を元手に、トウカンはジャバー・インターネット・グループ(Jabbar Internet Group)を創設し、ホベイカのインスタビートやSouq.com(米国のamazon.comに似たオンライン小売サイト)のような製品に投資を行っている。 Souq.comは1000人の従業員を抱え、すでに多額の収益をあげているとトウカンは言う(正確な数字は教えてくれなかった)。 3月には南アフリカのメディア大手ナスパーズ(Naspers)が7500万ドルを投資して同社株式の36%を取得した。ナスパーズは2012年にもSouq.comに4000万ドルを投じていた。

「3年もすればMaktoobよりも大きな会社になっているよ」とトウカンは言う。 「これはさらに大きな売却になりうる。 業界は形を成し始めたと思う。」

Flat6LabsのCEO、ラメズ・モハメッド(Ramez Mohamed)は1万~1万5000ドルの融資で36の新興企業のインキュベーションを見守ってきた(Flat6Labsは所有権の10~15%を受け取る)。
Flat6LabsのCEO、ラメズ・モハメッド(Ramez Mohamed)は1万~1万5000ドルの融資で36の新興企業のインキュベーションを見守ってきた(Flat6Labsは所有権の10~15%を受け取る)。

一方、トウカンの分岐点的な売却後、ヨルダン王家もOasis500を開設してサクセス・ストーリーの再現を狙っている。 アブドゥッラー王の肝いりで2010年に開設されたOasis500は、6年間で500社の新興企業に助言を与え、投資し、起業を助けてきた。

カラフルな壁画、未来的な備品、大きなアトリウムの中心にそびえるらせん状の大人用滑り台など、アンマンにあるOasis500の建物はあらゆる面で期待どおりのドットコム・スペースになっている。 若い会社にコーチングと共同作業オフィス・スペースを提供するほか、600万ドルの資金を擁し、新興企業に最高3万ドルを投資して株式の10~20%を取得している。 

これまでのところ、Oasis500は70社の新興企業に投資したほか、毎月行われる「ブートキャンプ」ワークショップを通して1500人の企業家にトレーニングを提供したと投資マネージャーのサルワ・ケトフダー(Salwa Katkhuda)は言う。 売却に成功した最初のケースのひとつはオンライン・スポーツ用品小売のRun2sportで、株式の大半を250万ドルでトウカンのSouq.comに売却した。 別のヨルダンの新興企業でオンライン支払ゲートウェイのMadfoo3atComは、個人投資家から50万ドル以上の資金を集めた。 どちらも2012年に行われ、Oasis500は現在、アラブ首長国連邦(UAE)とサウジアラビアにも拡張しているとケトフダーは言う。 

「この地域で企業家の時代は始まったばかりだ。市場が成熟するには時間がかかるだろう。 最初の参入者は、最初にリスクをおかすことにより、大きな利点と機会を手に入れられる。」

このようなリスク・テイカーの中で顕著なのが、アフメッド・アルフィ(Ahmed Alfi)だ。20年近く、メディアとテクノロジーの投資家としてロサンゼルスに住んでいたが2006年に故郷のエジプトに戻り、この地域で初のベンチャー・キャピタル・ファンドのひとつを開設した。 2011年にはFlat6Labsを開設し、Oasis500と同様に新興企業にサービスを提供している。 これまでのところ、36社を独立させ、10~15%の株式と引き換えに施設と1万~1万5000ドルの融資を提供している。

「今年はいくつか大きな進展があるはずだ」と、カイロで施設の見学ツアーに忙しいアルフィは語る。 「多くの会社が勢いづいている。」 

Flat6Labsの成功例のひとつが、インスタバッグ(Instabug)だ。物理的にモバイル機器を振り動かすことでプログラミングのバグを見つけて報告できるようディベロッパーを支援するアプリケーションだ。 22歳のエジプト人2人が開発したこのアプリは、Kickstarterのキャンペーンで一部の資金を確保した。数時間のうちに目標額の1万ドルを超え、合計8万5000ドルの資金を得て、現在では100万ダウンロードを記録している。 1Sheeldも成功例のひとつだ。オブジェクトとアプライアンスの自動化を補佐するデバイスで、昨年のTechCrunch Europe Disruptイベントでは参加者賞を受賞している。また、アップルの自動化音声アシスタント「Siri」に似ているとアルフィが言うKngineもある。

元水泳選手でエンジニアのヒンド・ホベイカ(26歳)は、ハイテク水泳ゴーグルを発明し、インスタビートと名付けた。トレーニングのたびに心拍数をトラッキングできる。
元水泳選手でエンジニアのヒンド・ホベイカ(26歳)は、ハイテク水泳ゴーグルを発明し、インスタビート(右下)と名付けた。トレーニングのたびに心拍数をトラッキングできる。
元水泳選手でエンジニアのヒンド・ホベイカ(26歳)は、ハイテク水泳ゴーグルを発明し、インスタビートと名付けた。トレーニングのたびに心拍数をトラッキングできる。

「やっと外部の企業に興味を持ってもらえるようになった」と言い、潜在的な取引の交渉相手としてサムソン・ベンチャーズやボーダフォン・ベンチャーズの名を挙げた。

Flat6Labsの成功を受け、アルフィは現在、拡張を行っている。 以前、カイロ・アメリカン大学が使用していたほぼ1ブロック分の建物群を改装し、エジプトで最大のテクノロジー・パークを構築しようとしている。 もともとギリシャからの居住者の学校として使われていたため「ギリシャ・キャンパス」と呼ばれていた場所で、Flat6Labsはすでに20社を勧誘し、1棟の建物に入っている。さらに4棟がこの夏、オープンする予定で、数百社を勧誘し3000人の職を生み出すことを目標にしている。 噂は急速に広まっているとアルフィは言う。

「建設中にはいつ引っ越す予定なのか聞いてくる人もいた。 80%の会社は聞いたこともない名前だった。 私のことさえ知らない人たちだ」とアルフィは興奮気味に話す。 「このコミュニティに加わりたがっていた。」

コンセプトは、イノベーションと人材をすばやく広げられるキャンパス環境をつくることだ。これはアラブのテクノロジー業界ではこれまで大きな課題だった。  「誰でも私の目標がコラボレーションだということを知っている。コレボレーションによってテクノロジー部門の開発が加速する」とアルフィは言う。 「人脈作りは、欠落している大きな要素のひとつだ。 何かを構築している最中に、すでにサブコンポーネントを持っている人に出会えれば、協力できる。 人脈作りは、他の人が何をやっているのか学ぶ教育ツールになる。 問題によりすばやく対応できるチームをよりすばやく作ることができる。」

しかし、チームが構築されても、特にカイロのような場所では通常、地域の企業家は失業率が高く、1人当たり国民所得が低く、可処分所得も少ない地域で利益をあげるというさらなる課題に直面する。 アラブ世界で最も人口の多いエジプトで、銀行口座を持っているのは人口の10%未満に過ぎず、アラブ世界の総人口3億5000万人のクレジットカード所有率は10%未満だ。 

当然のことながら、多くのテクノロジー企業は、給与がより高く、消費者市場が成長しており利益性がより高いアラビア半島に注目している。 

今年、UAEとサウジアラビアの双方に拡張するというヨルダンのOasis500の計画により、「さらに大きな市場を対象にできる」ようになると投資マネージャーのケフダーは言う。 ArabNetもドバイとリヤドで新たに年次会議を開き、湾岸諸国をターゲットにし始めている。

一方、Flat6Labsでは、最近サウジアラビアのジッダで設立されたアクセルレーター・プログラムからすでに6社が独立し、5社が新しいサイクルに参加している。  Flat6Labsのディレクター、ラメズ・モハメッドは湾岸地域で強気を見せている。 「来年はペルシャ湾地域に焦点を当てている」と言う。UAEでさらに別のアクセルレーター・プログラムを始めるとともに、北アフリカにも支店を開設する計画だ。 

「サウジ市場に対する考え方は間違っていた。 成功できる会社を始められないとか、情熱や資格がないと思っていたが、すべて誤りだった。 行ってみたら、企業家はとても熱心に成功を望んでおり、デモンストレーションの日にはプレゼンに値するものを持っていることがわかった。」

アルフィも同意する。 「サウジアラビアの若者はいいアイデアを持っている。もっと重要なのは、成功を望んでいることだ」とFlat6Labsの主催者は言う。

実際に、サウジアラビアの人材はTelfaz11のようなメディア新興企業の成功で国際的に広がっている。Telfaz11は昨年末にボブ・マーレーの『No Woman, No Cry』の風刺パロディーを製作し、YouTubeで1100万回再生された。 さらに製作価値の高いビデオやアニメーション、短編映画も数十件製作しており、サイト上で多くは最高300万回再生され、ウェビソードには多数のサブスクライバーがいる。

エール大学を卒業した30歳のオマール・クリスティディス(Omar Christidis)は、ベイルートに拠点を置くArabNetを5年前に創設してディレクターを務めている。ArabNetは地域全体で会議やイベントを開催し多数のIT専門家、ベンチャー・キャピタル投資家、若い起業家を集めている。
エール大学を卒業した30歳のオマール・クリスティディス(Omar Christidis)は、ベイルートに拠点を置くArabNetを5年前に創設してディレクターを務めている。ArabNetは地域全体で会議やイベントを開催し多数のIT専門家、ベンチャー・キャピタル投資家、若い起業家を集めている。

著名なサウジアラビアの投資家ラシド・アル・バラ(Rachid Al Balla)は、出現してきた若いサウジアラビアの創造力と「オタク(ギーク)団体」を誇りに思っていると言う。リヤド・ギーク、ジッダ・ギーク、バナット(女子)ギークなどがある。 企業家の生態系を構築できるようスキルを利用して成熟させることが課題だという。 2000人を超えるメンバーを抱える団体もあるが、より確固たるコミュニティを形成するための人脈づくりの機会を作る草の根の組織化と資金調達能力に欠けることが多いと
アルバラは説明する。 「無料の団体だし、 会合できる十分なサイズの施設がない。」 

地域内の政府は鉄道などの輸送インフラや金融地区などに多額の資金を費やしているが、多くのプロジェクトは高い賃料を支払うことができる安定企業を対象にしており、若い企業家には適していないことが多いとアル・バラは言う。 スポンサーの提供する多くのコミュニティ・スペースが必要だと提案している。

また、支出と無駄について神経質で、政府のプログラムと重複することを恐れている場合が多すぎるとアル・バラは言う。

「多額の投資を行えば、無駄も反復も出てくるが、それでいい。 たとえば、韓国では数百のプログラムが同じ目的でお互いに競合している。 準備が足りないよりも準備を整えすぎる方がリスクが低い。」 

もうひとつの課題は、サウジアラビアや他の湾岸諸国で支払われている高い給与だ。若いプロフェッショナルがリスクをおかす意欲を妨げる可能性がある。 「毎月1万ドルの給与をもらっているのに新興企業に勤めて、午後早くに帰宅できるところを10時まで働きたいと思うだろうか。」 

「流動性が欠けているとは思わない。 数兆ドルの資金がある。 欠けているのは投資家や企業家、規制当局の間での成熟だ。 生態系を作る必要がある。」 

すでに多額の利益を得ている地域のテレコム企業がこの部門に投資を行うにはいい頃合いだと言う。 「生態系が十分なスピードで成熟しなければ、国際的な企業に持って行かれ、彼らがここに店を出しててしまう。」

アフメッド・ザフラン(Ahmed Zahran)によれば、将来の経済成長は全国的な電力ネットワークのない中東の一部地域では「問題外」だ。 2011年にKarmSolarを共同設立したザフランは、世界最大級の太陽光発電水ポンプを建設しており、シナイ半島全体で再生可能エネルギーを砂漠での農業や観光に役立てようとしている。
アフメッド・ザフラン(Ahmed Zahran)によれば、将来の経済成長は全国的な電力ネットワークのない中東の一部地域では「問題外」だ。 2011年にKarmSolarを共同設立したザフランは、世界最大級の太陽光発電水ポンプを建設しており、シナイ半島全体で再生可能エネルギーを砂漠での農業や観光に役立てようとしている。

ドバイの新たな金融街の中心にあるオフィスから、トウカンは目抜き通りのシェイク・ザイード・ロードにつらなる高層ビルを見下ろす。 正確な数値はないが、アラブのテクノロジー産業の価値は現在、眼下の高層ビル(1億~2億ドル)2~3棟分に相当するのではないかと見ている。 

「不動産に費やされている資金のわずか1%をテクノロジーへの投資に回してもらえればいいのだが」とトウカンはため息をつく。 「投資家は従来の投資に慣れており、 テクノロジーは目新しい。 私たちは証明しなくてはならない。 過去10~15年、何度も説得をしてきたが、 状況は変化している。 最初は私たちのやっていることをまったく信じてもらえなかったが、WhatsAppが190億ドルで売却されたといった話が耳に入り始めた。こういうことはすべて役に立つ」と笑う。 

サウジアラビアのテレコム大手STCが中小企業に5000万ドルの投資を開始するなど、新しい資金が流入しているが、まだ十分ではないとトウカンは言う。 「百万ドルではなく十億ドル単位でなくてはならない。」 

アルフィは、業界用語で「エンジェル投資家」と呼ばれる主要な投資家のプールを広げる必要があると語る。 「私やファディ・ガンドゥール、サミー・トウカンを含む私たちの世代は、それほど多くない。 数百人もいれば、業界がもっと早く動く。 現在、ファディは50社、私は50社に資金を供与しているが、これが数百人なら、すばらしいことだ。 今後10~15年間に新しい企業家の世代が、より大きくなった業界のために私たちの役割を担ってくれると期待している。」

トウカンやアル・バラ、他の投資家が挙げるもうひとつの問題は、複雑な査証手続きで地域内の人材を動員することが難しい点である。特にサウジアラビアでは、これが顕著だ。 

一方、レバノンなどの貧しい国はより望ましくアクセスしやすいのだが、大規模なインフラの問題が付きまとう。

ベイルートの新たなデジタル地区についてはよく取り沙汰されているが、同国のインターネット接続はまだ世界で最も遅いレベルだ。 政府は、インキュベーターで同地区内の最初のテナントのひとつ、ベリーテック(Berytech)などの企業には光ファイバーを割引して提供すると約束している。 ベリーテックは新興企業への投資用に600万ドルの資金を用意しており、1年に3社を支援している。 しかし、これまでのところ、毎秒12メガビットの帯域幅しか得られておらず、それも他の多くのテナントと共有しなくてはならない。個々の速度は1990年代後半のダイヤルアップ時代のレベルにまで落ちる。 それでもこの最低限のサービスの費用は非常に高い。

「12メガビットに毎月1万2000ドル支払っている」とベリーテックのディレクター、ニコラス・ロウハナ(Nicholas Rouhana)は言う。 「それほど支払っていたら、どうやって企業家を支援すればいいんだ?」

その一方で、カンダク・アル=ガミクのような崩れかけた地区は(ベリーテックやデジタル地区の窓からも見えるのだが)、レバノンと地域全体での仕事創出のより根深い問題を痛々しくさらしている。この地域で新しい就業者を吸収するには今後10年で1億人分の職が必要だと世界銀行は見積もっている。 

2013年の著書のタイトル『Startup Rising(新興企業の蜂起)』でも示されているように、著者・投資家のクリストファー・シュローダー(Christopher Schroeder)は、中東企業家の新しい世代は地域とその経済の将来に包括的な影響をもたらすと主張する。

「テクノロジーは、5年前には前代未聞だった逆行できないレベルの透明性、接続性、資本市場への安価なアクセスを提供している」と言う。

ベイルートで新しく設立されるデジタル地区に早々に入居したニコラス・ロウハナ(Nicolas Rouhana)はベリーテックのディレクターで、新興企業への投資向けに600万ドルを用意している。
ベイルートで新しく設立されるデジタル地区に早々に入居したニコラス・ロウハナ(Nicolas Rouhana)はベリーテックのディレクターで、新興企業への投資向けに600万ドルを用意している。

シュローダーの著書は地域全体を1年間見て回った成果であり、アラブ世界全体で成功した新興企業数十社を紹介している。 15歳未満が1億人という地域内の人口の潜在性のほか、多くの国でインターネットとスマートフォンの普及率が2桁成長を遂げている点に何度も言及している。  この業界の将来を確信したシュローダーは現在、Oasis500とWamda(ベイルートに拠点を置くテクノロジー・ニュース会社で、カサブランカからドーハにいたるまで企業家ワークショップを主催)の取締役会に名を連ねている。

「実際のところ、高い教育を受けて市場に出される若年層は資産だ。  起業精神、特にテクノロジーの利用可能性により、5年前には話にさえ上がらなかったツールと能力が提供されている」とシュローダーはメールに書いている。 

しかし、同時に業界内の多数の有望な若者が特権階級出身、または有名大学(欧米の大学が多い)の卒業生であり、通常、英語で話すことに違和感がないという点も事実だ。 実際、ベイルートのArabNetでのセッションと講演者はほぼすべて英語を使用しているが、国連2005年人間開発報告書によると、アラブ人口の80%はアラビア語しか話せない。 

また、業界への参入には資金がいる。 Oasis500やベリーテックのような施設ではデスク1台の賃料が毎月最低300~350ドルかかる。これは3日間のArabNet会議の若者用割引参加料金とほぼ同じだ。 欧米では高い金額に見えないかもしれないが、中東のほとんどの地域ではおおよそ平均月給と同等以上の数字になる。 

これに対して、ArabNetやOasis500などの組織は、申請書が注目に値する個人に金銭的な問題がある場合は奨学金や大規模な割引を提供しているという。

「料金を払えなくても参加できる方法はたくさんある」とArabNetの創設者兼ディレクターのオマール・クリスティディスは言う。 エール大学を卒業したクリスティディス(30歳)は、アイデアソンの売り込みセッション参加者は全員、無料でイベントに参加できたと説明する。 

「理論的には機会のほとんどは階級に関係なく誰にでも開かれている」と接続の悪いベイルートからのスカイプで語る。 「学歴は申請書の記入で重要かと言えば、 そうだと答えるしかありませんが。」

サウジアラビア国籍のジョウマナ・アル・ジャブリ(Joumana Al Jabri)はベイルートを拠点にビジュアライジング・インパクト(Visualizing Impact)を創設した。ニュース報道で詳細に報告されない中東の社会的・政治的問題を解明するためのデータとグラフィックなストーリーを作成している。 「地域内には多くの人材があるが、これを最も必要としている分野で活用されていない」と言う。 「私たちは差し迫った問題に対応し、創造力あふれる人たちをデータ科学テクノロジーとデザインに関与させる前例を作ろうとしている。」
サウジアラビア国籍のジョウマナ・アル・ジャブリ(Joumana Al Jabri)はベイルートを拠点にビジュアライジング・インパクト(Visualizing Impact)を創設した。ニュース報道で詳細に報告されない中東の社会的・政治的問題を解明するためのデータとグラフィックなストーリーを作成している。 「地域内には多くの人材があるが、これを最も必要としている分野で活用されていない」と言う。 「私たちは差し迫った問題に対応し、創造力あふれる人たちをデータ科学テクノロジーとデザインに関与させる前例を作ろうとしている。」

クリスティディスは、地域内の若者の多くは生活費を稼ぐため、起業のアイデアを試す余裕がないと認識している。 「親のために働かなくてはいけないのであれば、リスクを取る可能性は低くなる」が、この同じ「デジタルの壁」は世界中のほとんどのテクノロジー市場の特徴でもあると言う。 「シリコンバレーで資力のない人が起業できるだろうか?」

業界のベテランでAramexのCEOでもあるファディ・ガンドゥールも「壁」に気づいているが、ヨルダンで200のマイクロビジネスに資金を提供する国連開発計画との新たな提携を強調する。 このイニシアチブはレバノンにも拡張される予定だが、自分が会長を務めている若者のためのエンパワーメント・ボランティア団体「Runwad」を介して実施されるとガンドゥールは言う。

「インターネットが壁をなくす。等化器となり、イノベーションと事業実施のコストを大幅に引き下げている。 壁は存在するが、官僚の形式主義や資本へのアクセス、人やビジネスがオンラインで取引できるようにするためのインフラ整備ほどの懸念材料ではない。」

実際に、これらの問題点は、貴重な人材を保持するアラブ世界の能力をも危険にさらす可能性がある。 たとえば、インスタビートのホベイカのような若いハードウェア・ディベロッパーは将来の拠点について慎重に検討している。

 「複数の製品を作りたいなら、将来の規模変更で大きな問題があると思う。 ヨーロッパや米国などへの移転も検討してきた。 今でも探している。 年長者や高い専門知識のある人を雇いたい」と言う。

ローディー・チューナーを作成したバッサム・ジャルガは最初の生産サイクルを監督するための中国出張を前に、ベイルートのカフェに座り自己問答している。  「人々に希望を与え、何でも可能だと言いたい。状況が悪くても自分たちはやっている、君もまだできるって。」 しかし、ベイルートではまだ自動車爆弾事件が続いており、中国で過ごす時間を増やすことを検討している。中国語の勉強も始めた。 物足りなさそうな顔をしながらも「おもしろいよ」と言う。 「ここにいて悲しいのは、何もよくなっていないということ。 中国に6ヶ月いて帰って来たら、もっと悪くなっていた。」

タイミングは重要だ。 投資や機会を制約している政府と機関は現在、数世代にわたって影響を与えるような「ひどい選択」を行っていると、著者シュローダーは説明する。 「テクノロジーは非常にすばやく変化している。 国が遅れをとると、回復するのは難しい。 最高の人材を失ってしまう。」

しかし、ガンドゥールは長期的な自信を失っていない。 「リスクは承知の上だが、見返りもわかっている。 利益は重要だが、この業界を構築して育てる必要がある。投資家と企業家は利益を追求する前に辛抱しなくてはならない。 あらゆるビジネスや新興企業同様、何でもできるまでには時間がかかる。」 

ガンドゥールのWamdaは現在、企業家を支援するため、7500万ドルの資金を調達している。わずか3年前のWamda開始時の700万ドルの10倍以上だ。

「あらゆる分野でよい傾向を示している。 どこでも芽が出てきている。 プッシュし続け、信じて投資し続けなくてはならない」とガンドゥールは言う。 「最大のリスクをおかす人たちが草分けとなる。 最も勇気があり、最も献身的な人たちだ。 彼らの活動は報いられるだろう。 それは歴史を見ても明らかだ。」  

ハビブ・バッター(Habib Battah) ハビブ・バッター[email protected]および@habib_b)はベイルートに拠点を置く調査ジャーナリスト、映画製作者であり、ブログ(www.beirutreport.com)も書いている。 また、アルジャジーラやBBCワールド、ザ・デイリー・スター紙にも定期的に寄稿している。 サミール・カッシール報道自由賞を2度受賞。
デービッド・デグナー(David Degner) カイロに拠点を置くフリーランスのフォトジャーナリスト、デービッド・デグナー[email protected])はGetty Reportageに所属している。 哲学と写真報道をウェスタン・ケンタッキー大学で学んだ。 

 

This article appeared on page 22 of the print edition of Saudi Aramco World.

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